センター長からのメッセージ

本研究センターが目指しているもの

井ノ口 馨 

 アイドリング脳科学研究センターは、研究推進機構の一研究センターとして2020年4月1日に設立されました。アイドリング中の脳活動の種々の機能を明らかにし、脳機能に占めるアイドリング活動の位置づけを明確化し、世界の最先端を競う研究を展開します。脳機能を総合的に研究する脳科学研究センターは国内も含めて世界的にも多数設立されていますが、アイドリング脳研究という他の研究センターではフォーカスされていない富山大学ならではのオリジナル性が高い脳研究を行います。

 脳が睡眠中や休息中にも活動を続けていることは、デフォルトモードネットワークの提唱以来広く知られるようになってきました。それまではノイズと思われていた脳活動が、実は重要な機能を持っているらしいことも数多く報告されてきました。停止しているけどエンジンを起動させたままの自動車に因んで、睡眠中や休息中の脳を「アイドリング脳」と呼んでいます。



 「馬上、枕上(ちんじょう)、厠上(しじょう)」という中国の古い言葉があります。良い考えが生まれやすい場所やアイデアが閃きやすい状況を指します。今風に言えば、「電車や飛行機に乗っている時」、「寝ている時」、「バスルームの中」でしょうか。

 寝ているときに科学上の大発見が為された例は数多く知られています。メンデレーエフには、居眠り中の夢ですべての元素が原子量の順に並んだ表を見て、元素の周期律表の発想を思い付いたという逸話が残っています。ケクーレは、蛇が自分のシッポをくわえて回転を始めた夢からヒントを得てベンゼン環の構造を発見しました。いずれも日頃から熟考していたことが夢の中で完成した訳です。

 私たちの日常生活の中でもアイドリング脳の働きを実感することが多々あります。「未解決の課題や悩みごとを放って置いても、睡眠の後やリラックス中に解決策が思い浮かんでくる経験」は誰にでもあるのではないでしょうか。あるいはちょっとしたアイデアなどが朝起きたら頭の中にあったり、リラックス中に閃いたりした経験などもあるでしょう。

 従来の記憶研究をはじめとする脳研究は、覚醒時に動物が課題に意識を向けている状態にフォーカスして、そのメカニズムを解析するものが主流でした。近年になって睡眠中や休息中など動物が課題に意識を向けていない時の脳活動にも少しずつ注意が向けられてきましたが、多くは現象論に留まるか、記憶の固定化現象などに限定されており、より高次の脳機能に果たす役割は推測の域を出ていません。

 このような状況の中で、アイドリング脳科学研究センターでは動物モデルを用いて、アイドリング脳活動を包括的に観察するとともに、最先端の技術を駆使してアイドリング中の脳活動を操作することで、それらの活動と情報処理の間を因果関係として明らかにすることを目指します。また、ヒト統合失調症などの精神疾患におけるアイドリング脳活動とそれら疾患の病態との関連性の解析を通じて、疾患の早期診断法の創出を視野に入れた臨床研究も展開します。

 本研究センターは医学部の5講座をコアとして発足しましたが、今後、医薬理工系に限らず、人文・教育系や芸文系まで視野に入れ、広い意味でアイドリング脳に関係する研究を行っている方々の参画を得て、総合的にアイドリング脳の機能を浮き彫りにして参ります。

 小粒だが山椒のようにピリリと効いた研究センターとして、脳が持つ潜在的な能力を科学的な根拠に基づいて理解する道筋を付けていきたいと考えています。

2020年4月1日